はじめに
世の中には経営を良くするための知識やノウハウに関する情報が多数存在します。その時々の時流に合ったさまざまな知識やノウハウが氾濫しており、どれをどのように取り扱うべきか、どのような方法が自社に合っているのか、まさにそれらの知識やノウハウが現在の状況を打破するための魔法の杖のような感覚で情報に触れる経営者も多いように思えます。しかし、経営を良くするための本質的な問題は新たな知識やノウハウに基づいた方法論ではなく、その方法を自社に浸透させ、自らが考えて変化させていくプロセスを構築することにあります。見た目の華やかなコンサルティング手法やデータ分析を導入しても、それを行動に変えることができなければ、白紙のレポートと何ら変わりのないものになるのではないでしょうか。
私自身も数々のコンサルティング業務に従事してきましたが、一番難しいと感じることは、計画を作ることでも、新たな仕組みを導入することでもなく、「組織を動かす」ということです。結局はこの組織の実行力に係る問題がコンサルティングの成否を分ける大きなポイントなのだと、どのようなコンサルティング事例においても痛感しています。
私がまだコンサルタントとして駆け出しの頃、とある素材加工業の新事業開発の業務に携わっていました。経営者と十分な協議を重ねた結果、現状の枠組みに捉われない新たな事業展開を模索するため、新事業の構想とトライアルするための実施計画、およびその実行支援を任されることになりました。当時の私は流行りの戦略フレームやコンサルティング手法を駆使して、ロジカルで説得力のある新事業計画の作成を志向し、現場従業員とのヒアリングを重ねたうえで、自分でも納得のいく計画書を作成し、経営者に提示しました。内容については申し分ないとの返答をいただいたものの、「先生、結局、私たちはこの計画をどのように実行すれば良いのでしょうか?」と問われました。記載した内容については、隙なく返答できるようさまざまな質問を想定して準備していましたが、このシンプルな質問に返す言葉もありませんでした。
私達コンサルタントは、得てして実行前のストーリーを作ることには長けていても、それをどのようにして組織に根付かせ、実行していくかという視点が欠落し、実行段階で苦労することが多いように感じます。しかし、戦略や計画がやや不完全なものであっても、実行しながら行動を修正していくことが最も大事なことであり、経営の善し悪しを決定づける重要な要素であることは言うまでもありません。以後、私自身のコンサルティングスタイルも行動重視にシフトし、100社100様の状況に合わせた会社の実態に則したコンサルティングを志向することになります。本コラムでは、その体験から得た「動く組織」に関するエッセンスを皆様にお伝えできればと考えております。
株式会社ジリツ未来研究所
代表取締役・中小企業診断士
柳 辰雄